自己紹介

何か思ったことをつらつら書きたいと思い、ブログを立ち上げたのに腰が重くて実際記事を上げるのに3日かかってしまった。

ということで、自分がどういった人間なのかを書いておこう。

関西に生まれ、関西で育ち、関西の大学を出て、関西の大学院を出て、関西の企業に就職し、関西の企業で転職して今に至る。つまり生粋の関西人である。
高校時代はただただギターが好きで、ギターで飯食べれたらという中二病ならぬ高二病を患っていたが、音楽の先生に止められ、まだ成績が良かった化学を専攻することにした。
化学は性に合ったのか割と大学の成績もよく、指定校推薦で入ったのに上位にいられたことは少し誇らしくもあり。

そんなこんなで研究室配属では得意に思っていた有機化学を究めたいと思い、構造有機化学の研究室に入ることとなった。まあここの話はいずれ語ることにはなると思うが、ブラックもブラック。噂では院生が一人〇んだとかなんとか言われるようなところ。でも変な自信があった僕は「まあ自分はそんなことならんやろ」と思ってその研究室に入ることにした。
入ったら噂通り〇ぬほうが楽だと思った。実際、修士課程を終え、そのまま博士課程に進学したが諸々メンタルがイカれてしまって、志半ばで中退することになってしまった。

半年ぐらい塾講師のバイトをした後、派遣会社を通じて紹介をしてもらったのが受託製造の会社だった。よくも悪くも昭和の匂いがいまだに残る会社だ。そこに数年いた。まともに就活もしていない僕をよくも雇ってくれたなとも思うし、そこでは数えきれないくらいの思い出がある。この話もいずれはすることになるだろう。

でも数年前にこの会社を辞めた。辞めた理由はほんとに色々あるが、大きい理由の一つに自分のスキルでは有機化学合成でこれ以上先が見えないと感じてしまったからだ。と同時に、マネジメント、とりわけ”人を育てる”ことに興味を持ってしまった。この会社ではそれがあまり叶わない、プレイヤーが求められる会社だと感じていたからだ。

昨今、管理職になりたくない若者が増えているというのをよく耳にするが、まあそれはそう。でも自分は生粋の関西人、人が困っていれば助けてあげたいと思うお節介が好きなんだろうと思っている。それが管理職になって叶うのであれば僕は管理職にでもなんでもなりたいと思っている。
ただ知らない業界にいって急にマネジメントがしたいと言ったって誰が相手するんだろうか、とも考えた。

…なら、また自分がやってきた有機化学に関連する会社に行くしかねえか…

というわけで、結局辞めたいと思っていた有機化学、さらには同じ業界の会社に転職した。幸い、前職で頑張ってきたことが評価されているのか入って間もない外様の僕に、若手教育であったり、チームリーダーを与えてくれる心の広い部長のおかげで、少しずつではあるが自分がしたかったマネジメント、”人財育成”ができているなと日々実感している。
このブログではその一端と、悩んでいる日常について書いていければいいなと思っている。

プライベートでは現在2歳の子供を育てているが、まあこれが僕に懐かない。注意はママに代わってするようにしているからか、車に乗りたいときだけすり寄ってくる。でもこれがまた可愛い。可愛いから懐かなくても許してしまっている。
これもよく言われていることだと思うが、思い通りに動いてくれない子供を育てていると後輩指導なんて大したことないと思ってしまう。だって皆動いてくれるんだもん。
プライベートのことも少し記事にすることがあるかもしれないが、息抜き程度に見てくれると嬉しい。

タイトルとURLをコピーしました