失敗を責めないだけでよいのか

今日の雑談。
子供がようやく言葉の爆発期に入ったのか、色々と言葉を話すようになってきた。
宇宙語を話しているのも可愛かったが、赤とか黄とか言うだけでもすごく可愛くて愛おしすぎる。
後はしっかり自分でご飯を食べてくれるだけでパパもママも大満足なんだけどなー。

さて、今日は失敗について。
研究には失敗はつきもの。かの有名なエジソンも「I am not discouraged, because every wrong attempt discarded is another step forward.」と言っています。
ん?翻訳必要?「私は失望しない、なぜならどんな失敗も次の前進への新たな一歩になるからだ。」

僕もこれは口酸っぱく言ってます。特に新人に。
「ラボスケールの実験なんか失敗しまくればいい。こうすれば失敗するというデータを積み重ねてそれを回避すれば製造は成功するんだから。」と。

勘違いされる人も多いんですが、失敗を恐れずに挑戦しようとかいうのは何か違うんですよね。
失敗をすることから学ぶ姿勢を重要視してほしいし、そこから次にどう活かすのかを常に考えてほしいなと。
失敗なんて恐れてても訪れるし、挑戦しようとしなくても勝手に失敗するんです。

僕が毎年参加するプロセス化学会のサマーシンポジウム、2023年の特別企画に「失敗から得るもの」といったお題で、各企業・アカデミアの先生が数人登壇し、ディスカッションをされていた。
そこでも著名な先生方やアカデミアの研究者たちが「失敗の共有化」をもっと広げていきたいといった趣旨のことを話されていたと思う。
一人の失敗はすごく貴重な財産。それは会社の財産でもあるし、科学業界全体にとっても重要な資産。
だから知財がすぐ秘密にしたがるけどもっとオープンにしていきたいよねと。

「失敗を共有化」するにあたって、その失敗が起こった原因を追究することは重要だと僕は考える。
もちろん個人を責めるのはダメですよ。お前の腕が悪かったなんて結論にする上司はカスです。
原因の追究をするには、
①しっかりとした目的意識をもって何を確認しようとしたのか。
②どの部分が想定していた物事と違ったのか。
③共有化するために何を知識として残すのか。
を明確にしていくことで、個人を責めることもなく、失敗を最大限の価値をもって共有化できるのではないだろうか。

どんな会社においても失敗は知識財産になる。
それを理解しないまま、失敗したしもう一回実験仕込みなおすかー。をしているといつか足元救われますよ。
早いうちに自分たちの組織に失敗を共有化できる仕組みを導入していきましょう。

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